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第6回 素敵な日本語レッスン2

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第6回 素敵な日本語レッスン2

皆さん、こんにちは。フリーアナウンサーの福満景子です。前回から「素敵な日本語レッスン」と題して、5回にわたってお伝えしています。2回目の今日は「ら抜き言葉」がテーマです。

さて、「ら抜き言葉」とは一体なんでしょう。皆さん、聞いたことはあると思います。具体例をあげると「着れる」「食べれる」「見れる」など文法上の活用の間違った表現を指します。本来なら「着られる」「食べられる」「見られる」というのが正しい表現です。

つまり、「~することができる」という可能動詞の「られる」が「れる」に変化し、「ら」を省略したものを「ら抜き言葉」とそのまま呼んでいます。(ただ元々「れる」のみがつく文法上正しい表現もあります。例・「走れる」などです)アナウンス学園や新人アナウンサーの研修で要注意表現として口酸っぱく指導されるものの一つがこの「ら抜き言葉」です。

日本語の乱れが問題にされて久しいですが、その代表格である「ら抜き言葉」は思った以上に厄介者です。それは文法上間違っているのに、言いやすく馴染みやすいからです。だから、広く普及してしまったとも言えます。これが話し言葉として定着していると、アナウンサーになった時に苦労します。いざ本番という時、スタジオ内での原稿は必ずチェックが入るので問題になることは多くありません。

ただ普段から心がけていないと、生放送や現場中継でついうっかり「ら抜き言葉」を使ってしまいます。いわば言い慣れた言葉の習慣です。「あ、しまった」と自分で気付くのはまだいいのですが、自分で気付かないまま先輩や上司など注意されてからVTRを見てミスを確認する場合がほとんど。それだけ、多くの人が無意識で使っているものです。

実は、数ヶ月前にコンサート・ナレーションを担当した際、オーケストラの団員さんから厳しい指摘を受けました。「最近、ら抜き言葉を使う若いアナウンサーが増えましたよね。残念です」と。「そんなに気になりますか」と聞くと「テレビやラジオで気になって耳障りです。だから、私は気付いたらすぐに苦情の電話をかけるんですよ。せめて、アナウンサーにはきちんとした日本語を話してもらいたいですからね」と話されました。アナウンサーにはプロ意識を持ち素敵な日本語を話して欲しいという、期待からくる叱咤激励だと真摯に受け止めました。感謝しています。

そんな私も毎日のように電車の中で、職場で、カフェで「ら抜き言葉」を耳にします。恐らく、皆さんの周囲でも多くの人が何気なく当然のように使っていると思います。私は一般の人が使っていてもあまり気になりません。ですが、指摘されたようにアナウンサーが「ら抜き言葉」を使うと確かに違和感がありますよね。

学校(国語の文法)やNHKなどでは「ら抜き言葉」を正式な表現として認めていません。公共の場で使うのは正しくないという姿勢を貫いています。なのに、なぜかじわじわ普及してしまうのはなぜなんでしょうか。単なる言いやすさだけでなく、時の流れの早さや言葉を省略する楽しさなども関係しているのではと思います。

今日から皆さんも「ら抜き言葉」に注意を向けて会話してみませんか。最初のうちは「見られる」「食べられる」と発音した時に尊敬語と重なって不思議な感覚に陥るかもしれません。私自身が新人キャスターの時、正にそうでした。でも、慣れればそれが普通になります。「ら抜き言葉」克服は素敵な日本語への関所です。ぜひ皆さんも日々取り入れてみてください。先のオーケストラの団員さんのように言葉に敏感な人には分かるので「キレイな話し方ですね」と褒められる日がくるかもしれませんよ。

「素敵な日本語レッスン」いかがだったでしょうか。3回目は各地の方言も交え、言葉のアクセントやイントネーションについてお伝えします。今月もまた、徒然なるまま記した長いエッセーに最後までお付き合いくださって感謝しています。皆さん、ありがとうございました。それではまた、来月23日もご訪問を心からお待ちしています。よろしければ、コメントも歓迎しております。これからも、よろしくお願いいたします。

(2012.12.23掲載)

 

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